カツ丼の発祥には諸説ありますが、元早稲田大学教授の中西敬二郎氏が考案した、という次のようなエピソードがあります。

学生の頃、中西氏は昼食を摂るために、ある洋食屋へ通っていました。そこにはカレーとカツライスしかなく彼は交互にこの二つを食べていました。

しかし飽きてしまい、お店の人に頼んで調理場に入らせてもらいました。皿盛のご飯を丼に移し、その上にカツをのせて手作りのソースをかけた自己流の料理がカツ丼の始まりだと言われます。

ここで注目したいのは「飽き」が新しいものを作るチャンスになった、ということです。

「飽き」をそのままにせず「工夫」という選択を取ったことがカツ丼という新しいメニューを創造することにつながったのです。

皆さんの仕事も「飽き」が生じたときが改善のチャンスです。次の行動に移しましょう。

(追伸)

入院患者のMさんが近々、退院になります。趣味のレゴの中から4体(パトカー、救急車、犬、恐竜)を、はるとにくれました。

毎日たくさんのレゴを作っていました(写真)。すばらしいなといつも思っていました。はるとは、大喜びです。感謝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今治は朝倉にある多岐神社を訪れてみた。前回、菊間を訪れた時に出会った女性から、(神社巡りをしているらしい)「是非、多岐神社へ行ってみて下さい」と言われていました。

非常に荘厳で空気が違う感じがしました。

弥生時代に起源を持ち3万坪に近い境内の敷地には、みごとな自然林がうっそうと茂り多くの古墳が残されています。また霊水とされる多岐川が奥之院から流れ歴史ある文化と自然に彩られた空間を造っています。

多岐川のせせらぎに耳を傾けると不思議な力を感じられるパワースポットとなっています。

多岐神社は非常に格式が高い神社で、伊予国では大山祇神社(大三島)や伊曽乃神社(西条)と並んで屈指の名社と書かれていました。

さて話は脱線しますが帰りの道に新谷(にや)を通りましたが、「あれっ、この景色見たことがあるぞ」と20年前の記憶に従って坂道を登ると、越智家の墓にたどりつきました。鐘つき堂も懐かしく5回鐘をつきました。親父の兄弟の長男の墓に手を合わせて帰りました。

 

 

 

 

 

ある人とヒガンバナの話になりました。

祖母に手を引かれて墓参りをする際に通る田んぼの畔や代々の墓がある寺には鮮やかな赤いヒガンバナがどこまでも続いていました。

ヒガンバナは彼岸の入りに咲き始め、彼岸の終わる頃に咲き終わるため「彼岸花」の名字がついたようです。

別名の「マンジュシャゲ」には天界に咲く花という意味があります。

一説には土葬が主流だった時代、埋めた遺体をモグラやネズミから守るため毒性のあるヒガンバナを植えたとも言われています。

ヒガンバナのお話でした。

 

 

 

(その1)

今回はまずは菊間の加茂神社を訪れた。無形民俗文化財のお供馬の走り込みでTVでも秋祭りの際によく見ます。

お供馬は神社境内にて子供の騎手が着飾った馬に乗り込み、境内参道馬場を駆け抜ける走り込み行事です。15才以下の子供です。

特にここに行こうと思ったのは、2026年、午年、馬は古来より神の乗り物として福を運ぶ存在とされているようです。加茂神社の下の写真を見て下さい。

(その2)

帰りに菊間と言えば瓦です。かわら館の周りにはバラ園があってとても美しかったです。丸形ポストも懐かしかったです。

 

 

 

 

 

会議や商談の前に何を話せばいいのか分からず気まずい空気が流れることがあります。そこで役立つのが「雑談力」です。

雑談力がある人は「話し上手」「聞き上手」「話すネタを持っている」などの特徴があります。まずは「話すネタ探し」から始めてみてはいかがでしょう。雑学はムダな知識かも知れませんが、話すネタとしては最適です。

雑学と言われるものは無数にあり、場合によっては深堀りすることもできます。そのためには何事にも興味を持つことが大切です。

また気になったことは、すぐ調べいつでも披露できるようにネタをストックしておくことも必要です。

まずは人に話したくなるネタを探してみて下さい。

 

 

 

 

有名な「はだしのゲン」。

1973年に週刊少年ジャンプで始まりましたが、興味あり、毎週買って読んでいた記憶があります。作者の中沢啓治さんは広島から上京して漫画家を目指しました。

最初は原爆がテーマの漫画を描くつもりはなかったそうです。転機は被爆21年後の母の死です。火葬すると骨も残らず灰になり、原爆は骨まで奪うのか、と怒りに震えたそうです。

怒りは創作の熱量へと昇華し、核を指弾する作品を次々と発表しました。

生きてなお原爆に引き裂かれる人々の悲劇を、これでもかと描き続けた。

代表作のゲンはロシア語にも中国語にも英語にも翻訳されています。

必死に原爆禁止を訴えているのに、トランプ大統領が核実験に前向きなのはとても残念です。

世界に平和を祈っています。

(追伸)

年末に城山公園で、まりかとはるとに凧揚げを初めて教えてやった。

最初は不気味そうに遠巻きにしていた孫達も途中からその面白さにはまりました。

パソコン世代の彼らですが、昔ながらの伝統文化も受け継いでもらいたいです。

 

 

 

あけましておめでとうございます。

連休祝日の間、お変わりなかったでしょうか?

当方は宇和島の孫や松山の孫で、にぎやかになりました。

今年1年が、幸せな年になりますことをお祈りいたします。

 

 

 

 

 

年の瀬を迎えました。1年の早さを実感する時期です。

職場や日常生活も一層忙しくなりますが、この時期だからこそ心を落ち着かせて1日1日を過ごしたいものです。

古来、年末の伝統文化に餅つきがあります。最近は量販店で気軽に餅が購入できるようになり、餅つきの伝統は薄れました。

鏡餅と共に門松なども飾られますが、それは年神様を迎えるためのものであり豊かな実りある1年になるよう願いが込められています。

どうか餅のごとく粘り強く今年を締めくくって下さい。

(追伸)

はるとより皆様に何やら申しています。

「来年もよろしくね!」

門松もきれいに飾りました。

 

 

みなさん、伊予市の五色浜はよく行かれたことがあると思います。

今週私は五色浜公園の北端(伊予港)に面して建っている萬安港旧灯台を見に行きました。

明治3年に萬安港の防波堤の増築にあわせて、それまで木造だったのを石造に改築しました。大正元年に現在地へ移築されました。

「灯台」は私は大好きで、ブログで1度日御碕、灯台(島根県)も書いたことがありました。来島海峡の赤灯台も好きです。

さて写真を撮った後「五色姫海浜公園」を天気も良かったのでゆっくり散策しました。

平家の姫伝説に由来する五色の石にまつわる美しい海浜公園で十分、ストレスが発散されました。

私は今治市で生まれたので、やはり「海」が大好きです。目の前の「海」は世界中に通じていると思うと不思議に落ち着いた気持ちになれます。

皆さん、是非、1度五色浜公園と灯台を見に行って下さい。

 

 

 

 

 

みなさんは握手する機会が年に何回、ありますか?お辞儀文化の日本に、この習慣が伝わったのは幕末以降だとされています。

体に染みついた所作ではないから、ときたま機会があっても一瞬ちゅうちょし、どこかぎこちないのが日本人です。

例外は政治家です。有権者に向かって手を差し出す光景はおなじみである。

田中角栄曰く、「握った手の数しか票は出ない」。

握手の起源は身体的な接触を通じて匂いを伝え合いコミュニケーションをはかるためだという説があります。共通点を確認する行為かも知れません。

国際化の昨今、慣れた手つきで握手をしたいものです。